| 2006年03月08日 |
ウェブ進化論 後編
ウェブ進化論 前編にひきつづき・・・
その後、「ウェブ進化論」について書かれているサイトを見て回った。
それなりの数を見たので、全体的な感想やこの本が与えた影響についての雰囲気は理解できたと思う。
それをうまくあらわしているのが、「ウェブ進化論」はなぜ「書籍」として出版されなければならなかったのかに書かれていた以下の文だったように思う。
「今ウェブの世界で何が起こっているか、何が起ころうとしているか、なぜGoogleがあれほどの株価総額を持つのか」というごく単純なことを理解できない、理解しようともしない人がこの世の中にはたくさんいて、そういった人たちに本当の意味で有意義なコンサルタントサービスを提供したり、説得したりするのは限りなく大変な作業である
やっぱり「あっち」と「こっち」についての差があるという現実だと思う。
「ウェブ進化論」の中でその差異について書かれている部分が以下である。
本書で、これから繰り返し議論するグーグルという会社の何が凄いのかということは、 ほとんどの人にはよくわからない。 同じ「凄い」という話でも、トヨタのことなら想像がつく。 クルマという手触りのある製品があり、販売チャネルや保守サービスという企業との接点では人の顔が 見え、クルマが工場でどうやって作られているのかも、みな大体想像できるからだ。 でも、グーグルや「情報そのものに関する革命的変化」はまったく違う。 アマゾンや楽天のようなネット商取引は、まだわかりやすかった。 利用する目的もはっきりしていたし、結果としてモノが動くからリアル世界との関わりもあった。 しかし、「あちら側」に構築されつつある情報発電所のような仕組みになると、それはパソコンという 窓を通してネットに向き合うことでしか、その姿を想像することができない。 ネットにむかって能動的な知的活動を行って初めて、それへの反応という形で一端が垣間見える。 「なぜこんなことが実現されるのか」という不思議から、構築物の姿を想像するよりほかない。 それを繰り返すことでしか全体像をイメージできない。 「ネットの世界に住む」というほどどっぷりネットに依存した生活を送る以外、 その本質を理解するすべはない。 だから「住む人」と「使ったこともない人」の間の溝は大きくなるばかりだ。
上記は、「あっち」と「そっち」の違いについてであるが、以下は、「こっち」から「あっち」へ流れていくという世の中の流れである。(トレンドというよりも抗いがたい波といってもいいと思う。)
技術進化の大きな流れとして、 ネットの「こちら側」から「あちら側」へのパワーシフトが、これから確実に起きてくる ということである。 これから多くのユーザが、自分の情報を「こちら側」に置かず、「あちら側」におくほう がいろいろな意味で良いと確信すれば、産業全体における情報の重心は移行していく。 情報をインターネットの「こちら側」と「あちら側」のどちらにおくべきか、 情報を処理する機能を「こちら側」と「あちら側」のどちらに持つべきなのか。 このトレードオフが、これからのIT産業の構造を決定する本質である。
最近、NTTや警察からも個人情報などがモレモレのニュースがあふれている。
理由としては、ウィニーというのが多い。
いろんな場所で情報を「こちら側」においておくことのリスクを多くの人が認識し出すだろう。
もちろんそれに全体的に手が打たれるまでにはまだまだ時間はかかるだろうが。
昔のNCのようなHDなしという発想が当たり前になってくるかもしれない。
前職の会社でも、全社員はクライアント認証のためのUSB型の証明書でPCにログインし、基本的にPCを社外に持ち出すことは禁止、持ち出す場合は申請が必要、もちろんHDに暗号化をかけていることが前提といった企業も増えてくるだろうし、もっとセキュリティが厳しくなると思う。
そうした場合は、「あっち側」に情報をおくのが正しいかどうかはわからないが、選択としてはありえそう。
以下は、「こっち」から「あっち」への渡り方の一例。
1995年から始まったネットビジネスの競争の特徴を一言で言えば、 「ユーザの囲い込み」競争であった。 魅力的なウェブサイトを作り集客する。 訪ねてくれたユーザにはずっととどまってほしい。 ネットのあちら側に、アマゾン、ヤフー、eベイらがそれぞれの島をつくって、 その島に住んでもらえるよう島の魅力を競いあうような競争だった。 島の比喩で言えば「アマゾン・ウェブサービス」は、アマゾン島のいたる ところに誰もが勝手に港をつくったり橋をかけたりする自由を担保するという 大政策転換だった。
個人的な勉強のためにAmazonのウェブサービスを利用してサイトをつくってみたりしている。
APIが公開されていてXMLでデータが渡ってくるので、いままでウェブサービスという概念だけしかなかったのが実際のサービスとして動いているのを目の当たりにするとなるほどこれが「あっちへの渡り方」なのかとふむふむしている。単なる一例であるので他のアプローチもでてくるかと思う。
とはいってもどういうものがでてくるのかを予想するのは難しい。結局はGoogleやアマゾンが新しい「あっちへの渡り方」を出してきたときに、それを使ってあっちへわたり、驚くという経験の積み重ねになりそうな予感はする。
そのときに問題になるのが(今も問題かもしれないが、今はそれを問題とする人が少ないだけだと思う)、あっち側へのアクセス格差になってくるようにも思うが、それもGoogleが解決してしまうのかもしれない。
そう考えると、今、自分にできることは、googleについて自分が重要だと思ったことにアンダーラインを引くことだけなのかもしれない。ちょっと悲しいけども。
以下は、「ウェブ進化論 後編」の関連エントリーです。
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