| 2006年05月09日 |
功名が辻〈1〉
永禄十年(1567年)、山内伊右衛門が独身で、織田家の馬廻役50石だった頃から物語は始まる。
本書「功名が辻〈1〉」は、天正九年(1581年)の馬揃えまでである。
この時、伊右衛門は2000石。
伊右衛門は、石山合戦のあと、織田家直参から羽柴家の家来になる。
親会社の社員から子会社の社員になるということであり、大きな転機であったと思われる。
とはいえ、その子会社が時流にのった成長企業であるからこその移動であったと考えられる。
この時に1000石から2000石になっているが、格下げにともなう見返りだったと思われる。
ソニーの社員として、ソニーの中でもっとも高収益を上げているSCE(ソニーコンピュータエンターテイメント)へ出向していたが、成長を見込み、給与があがるとのことで、引き抜きされて、完全に転籍をしたようなものである。
妻である千代については、
おもながで、眼の切れが異様に長く、唇がまるくて、ちょっとめずらしいほどの美人である。千代は、利口さを「無邪気」で偽装していた。利口者が、利口を顔に出すほど嫌味なものはないということをこの娘は小娘のころから知っている。だから、誰からも愛された。
そして幼少の頃より仕えた2人の郎党(五藤吉兵衛と祖父江新右衛門)については、
「自分と吉兵衛とのむつまじさは、親族以上である。かれの人柄は、まず怒らない。それに淡白で隠し立てをしない。非常な武辺で、たがいに一つの戦場に臨んではげんできたが、自分はつねに吉兵衛に劣った」と土佐軍記に祖父江新右衛門が語っている項目がある。
「妻と郎党に恵まれた」というのが作者の感想である。
私としては、なぜ妻に恵まれえたのか?なぜ郎党に恵まれえたのか?に非常に興味が引かれた。
「縁」といってしまえば、それで終わってしまうが、いったいなぜなんだろうか?
以下は、「功名が辻〈1〉」の関連エントリーです。
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コメント
はじめまして。
TBありがとうございました。
こちらからも逆TBしたんですが、まだ反映されてませんね・・・・なぜ?
千代についての記述、仲間由紀恵は好演してると思います。美人なのに、利口なのに、表面は単純にまっすぐで、お人よしでおっちょこちょいな感じで。
ああゆう女性は可愛らしいですね。
投稿者 Nolly Chang : 2006年06月02日 01:00
TBありがとうございます。
そうですよね。原作で、司馬遼太郎さんも触れられていますが、伊右衛門は親会社から子会社への出向みたいなものでした。
その辺が、大河ドラマではあまりうまく出ていませんね。
まぁ、ドラマなので、脚本はある程度自由であってもいいかなとも思いますが、肝になる部分はうまく表現して欲しいなあと思います。
投稿者 寅さん : 2006年06月03日 12:00
TBのフィルタリングが完璧ではないため、一部どうしても有効なTBをはじいてしまっているようです。すみません。
フィルタリングについてはいろいろと試行錯誤している最中です。
投稿者 shoulder : 2006年06月03日 12:34
功名が辻〈1〉


